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ホメオパシー獣医師向け講座 第10回 |
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砒素Arsenicは、原子番号33、元素記号As、原子量74.92159、周期表の15族に属していて、金属と非金属の中間の性質を持つ窒素系元素です。物理的性質は金属に類似していますが、化学的性質は燐に類似しています。英名arsenicは、ギリシャ語の砒素を含む鉱石名arsenikon(雄黄)に由来します。その意味は、やはりギリシャ語のArsen男性という語に由来します。砒素は、純粋な状態で天然に産出することもありますが、主に硫ヒ鉄鉱FeAsSなどの硫化物として存在し、また鶏冠石As4S4、雄黄(石黄)As2S3、アルセノライト(三酸化二ヒ素)As2O3としても存在しています。単体としての砒素は毒性が低く、ほとんどの砒素中毒は、毒性の最も強い三酸化二砒素によって起こっています。 砒素の主な用途としては、農薬、ガラス製造工程の不純物による緑色の脱色、医薬品、金属砒素の製造、軍用の毒ガス、顔料、染料、脱硫剤、防腐剤、殺虫剤、レンズ、花火の着色剤などがあります。また最近では、砒素は半導体材料としても優れた性質を持ち、ヒ化ガリウム、ヒ化インジウムなどの半導体素子が、コンパクトディスク(CD)の信号読み取り装置の半導体レーザーや光通信システム用の発光ダイオードなどにも利用されています。 ホメオパシーのレメディーArsenicum albumは、三酸化二砒素diarsenic trioxideが原料です。化学式はAs2O3で、金属砒素の燃焼で生じます。一般的には、亜ヒ酸とも呼ばれている、無味無臭のさらさらとした猛毒の白色粉末です。この無味無臭という性質によって多くの事件に使われることになります。 両性酸化物で、酸・アルカリの両方に溶けることが出来ます。人の致死量は 0.06 〜 0.2 gです。 紀元前404年に始まったペロポネス戦争において、すでに毒ガスとして使用したという記録が残されています。 日本では、江戸時代の石見銀山ネズミ取りや森永砒素ミルク事件、宮崎県土呂久鉱山周辺地区および島根県笹ケ谷鉱山周辺地区の集団砒素中毒、砒素中毒和歌山カレー事件などが有名です。 砒素嗜食者Arsenic eaterの習慣は,中国とオーストリアにあります。昔の中国華中・華南では、色白肌の美人になるために、女の子に幼い頃より毎日微量の砒霜と呼ばれる亜ヒ酸を飲ませる習慣があったそうです。 またオーストリアでは健康増進と肌の色つやをよくするために毎日微量の砒素を服用していた地域があったといいます。 17世紀半ばには「トファナ水」という美顔用化粧水に亜ヒ酸を混ぜていたものが、小瓶に詰められて貴婦人たちの化粧水として売られ色の白さを保つのに使われていたことがありました。これは砒素がメラニン色素の生成を妨げる作用があるからです。 ナポレオンも砒素中毒で死んだという説があります。 ヨーロッパでは、16世紀頃から亜ヒ酸が毒薬として用いられ、完全犯罪が可能であるという情報が流れ、17〜18世紀にかけて、亜ヒ酸による殺人事件が多発しました。フランスでは遺産相続に絡んで用いられることが多かったために、遺産相続薬と呼ばれたほどです。最も有名なのは17世紀のブランヴィリエ侯爵夫人。彼女は砒素の魅力にとりつかれ、父、兄の肉親も含め、百人以上を毒殺しました。1836年にイギリスの化学者ジェームズ・マーシュが微量砒素の簡易検出法を考案してから、砒素による犯罪は激減しました。 三酸化二砒素は、原形質毒と呼ばれています。三酸化二砒素は、スルホヒドリル基(SH基)と強い親和性を持つので、生体内で様々な代謝機構に関与する酵素のSH基と結合し、種々の酵素を不活性化、細胞の酸化的リン酸化を傷害することにより毒作用を示します。酵素など多くのタンパク質はこのSH基をふさがれると機能を失います。これらSH基を持つ酵素には、解糖系の諸酵素、アミノ酸酸化酵素、グルタミン酸酸化酵素、モノアミン酸化酵素など、細胞の代謝機能や呼吸に関するものからDNAの機能に関係するものなど生命に関する重要なものばかりです。 中でも細胞のエネルギーの補給路であるアデノシン3燐酸(ATP)に関与して、ATPがエネルギーを発生するときに必要な酵素ATPアーゼのSH基を絶つことで干渉します。生物は、ATPの化学反応エネルギーによって、あらゆる細胞が動いているのですが、三酸化二砒素はこの生命エネルギーの元を絶ってしまいます。 解毒剤としては、ジメルカプロール(BAL)がありますが、これは、砒素が酵素のSH基と結合するのを競合的に阻害することにより、解毒作用を表します。 摂取された三酸化二砒素は、生体内では、血中グロブリンと結合し、メチル化を受け、メチルアルソン酸などに代謝され尿中に排泄されます。体内では主に、肝臓、腎臓、肺、消化管壁、脾臓、皮膚、骨組織に分布し、このうち一部はリンと置換して、皮膚、毛髪、爪、骨に長期間に渡り残留します。爪に生じた白線を特に Mess線といいます。また、髪の毛の砒素含量は、時間と共に増加するので、砒素汚染の指標となります。 三酸化二砒素による急性の中毒症状は、服用後数十分〜数時間で次のような多岐に渡る症状が現れます。主な症状には、次のようなものがあります。 ○消化器系 食べた時の苦味感やヒリヒリした感覚、ニンニク臭の口臭、吐き気、嘔吐、腹痛、食道炎、嚥下困難、頚部絞扼感、咽頭食道胃の灼熱感、胃炎、胃潰瘍、吐血、胃痙攣、(米汁様)下痢、下血。 肝の中心性脂肪変性、肝機能障害 ○心呼吸器系 頻脈、血圧低下、血栓、脱力感、筋力低下、虚脱、筋肉痛、全身ケイレン、心筋の脂肪変性、顔面または全身浮腫、胸水、肺水腫、高熱、低体温、循環障害、チアノーゼ、心臓麻痺。心電図上では、QTの延長、T波の反転を認めることがあるほか、稀に心室性頻脈、心室細動を合併するとの報告があります。 ○神経系 体各部の激しい痛み、眩暈、神経麻痺、末梢神経麻痺と障害、手足の感覚異常やしびれ、不安、錯乱と幻覚、意識混濁、麻痺性イレウス、胸水、肺水腫、 ○ 泌尿器系 腎機能障害、蛋白尿、血尿、乏尿。 ○皮膚 皮膚に水泡状のびまん性班丘疹状皮疹、手足顔の発疹や肥厚や剥落、爪の剥離、多発性基底細胞腫、化膿性結膜炎、血小板減少性紫斑病。 ○ その他 溶血白血球減少、骨髄機能低下、貧血、季節ごとに繰り返す脱毛、脳の軟化巣 危機を脱したときは10日から3週間後に四肢のしびれ感・知覚鈍麻が残り、爪に白い横しまのMess線があらわれることがあります。 慢性中毒は、鉱山の近くの地下水の飲用や金属(銅・鉛・亜鉛などに砒素がふくまれている)の精錬の際に発生する砒素の粉塵の吸入によるものが一般的です。慢性中毒では被害者の苦痛が比較的少ないため、重大な被害と認識されず放置されることが多いのが現状です。 慢性中毒では、つぎのような症状があります。 削痩、筋肉の弱化、脱力、食欲不振、貧血、嘔吐、下痢、脱毛、気道粘膜の刺激、鼻中隔穿孔、メラニン沈着、皮膚(特に手や足の裏)の角化、象皮用の皮膚、知覚障害や運動障害、爪に現れる白線、皮膚(特に胸や背中)の色素沈着、いぼ、鼻粘膜の障害などがみられます。また、痛みやしびれを伴う四肢の末梢部の神経障害や、肝臓障害、腎障害、骨髄機能障害などもおこります。数十年以上の経過の後に、皮膚が次第に黄ばみ、皮膚がんが発症することもあります。また、膀胱癌、道癌、癌なども発生し易いと言われています。 摂取量によっては、次のような後遺症がおきる可能性があります。 副鼻腔炎、鼻炎、慢性扁桃炎、肝障害の疑い、歯列不整、貧血、眼屈折異常、神経性難聴、耳管閉塞、神経性耳鳴り、ダウン症候群、てんかん、精神薄弱、ポリオ様麻痺、湿疹その他の皮膚疾患、起立性調節障害などが知られています。 Arsenicum albumは、ハーネマンによってプルービングされました(Materia Medica Pura 第二巻、Chronic Diseases第二版)。 Arsenicum albumは、すべての症例に適用しますが、より効き易い古典的なタイプがあります。Arsenicum albumは馬のレメディー、Pulsatillaは羊のレメディー、Antimonium crudumは豚のレメディーといわれることがあります。 Arsenicum albumタイプは、馬にたとえると大きくわけて3つあります。純潔のサラブレッドタイプ、農耕馬タイプ、荷馬車タイプです。ここでは一番一般的なサラブラッドタイプの例を述べてみます。 ほっそりとして、外見を気にするので、綺麗好きで身だしなみの良い場合が多いです。このタイプは、落ち着きがありません。たいへん気難しく、選り好みも激しく、完璧主義で異常なほどに細かいところを気にします。潔癖症でもあるので、汚れることは大嫌いです。ケチで金銭に対する執着も強いです。将来に備えてどんなものでも節約します。病気になると、非常に疲れやすく、貧血気味で、悲観的な考えで頭が一杯になります。 不安や恐怖を持っており、死に対する異常なまでの恐怖を持っています。仲間を欲しがり、特に自分の都合のいい時だけ欲しがる傾向があります。 食事は、脂物、酸っぱい物(特にレモン)、パン、アルコール飲料(特にワインとウイスキー)、コーヒー、温かい食べ物が好きです。喉は渇く方で、冷たい水や熱いお茶を少量づつチビチビ飲みます。具合が悪い時は、食べ物を見るのも嫌がります。嫌いな食べ物は、でんぷん質の物、豆類、甘いものです。脂物は好き嫌いに分かれます。 Arsenicum album適用の特徴としては、焼ける様な感覚で温めると改善するもの、疲労感、寒がり、健康状態への不安、少量の水分を頻回に摂ることなどがあります。 Arsenicum albumは、主に次のような症例に適用されます。 ○ 消化器系 急性胃腸炎;嘔吐、下痢。喉が渇き、飲物を少量づつチビチビと何度も飲みます。 下痢;酸味臭がして、水様性です。直腸付近の焼ける様な感覚があります。粘液便や血液が混ざる便になることもあります。心配や冷たい飲物、アイスクリーム、果物などで悪化します。 胃炎、胃潰瘍;強い焼ける様な痛みがあります。特に夜中に痛みが強まります。舌苔は白くなります。吐血することもあります。古い肉、水、野菜、水っぽい果物で気持ちが悪くなることがあります。 咽頭炎;温かい飲物を飲むと楽になります。 食中毒 肝炎や急性慢性肝臓疾患;肝臓と脾臓が腫脹して痛くなることがあります。 腹水 ○心呼吸器系 喘息;夜中の12−2時頃に悪化します。呼吸は、横になると苦しくなり、窒息する不安感があります。座ったり体を前のめりにすると楽になります。肺の中が煙や埃で一杯になっているような感覚になることがあります。咳は、冷気や冷たい飲物で悪化します。 気管支炎、肺炎、胸膜炎;痰は少なめで泡立っています。右肺の上部に刺すような痛みを感じることがあります。 花粉症;水様性の鼻汁が出て、鼻孔が焼けるように痛みます。くしゃみをしても楽になりません。外気で悪化し、室内で落ち着きます。 鼻感冒;特に右側の症状が強く出ます。 鬱血性心不全;不整脈があり、チアノーゼや呼吸困難を起こします。座っていると楽になります。落ち着きがなく、衰弱感があり、寒気を感じます。朝の方が脈が早い傾向があります。 心房細動 低血圧 動脈炎 ○ 泌尿器系 腎炎、腎不全、蛋白尿症;排尿後に腹部の虚弱感を感じることがあります。 老齢性の膀胱麻痺、尿失禁 ○ 皮膚 急性の皮膚感染症;皮膚は乾燥し、強い痒みと焼ける様な感覚があります。 慢性皮膚疾患;乾癬など。 皮膚の潰瘍 爪の黒色化 ○ 神経系 神経痛;焼ける様な痛みで、温めると改善します。 耳痛;不快な耳漏を伴うことがあります。 頭痛;ズキズキする痛みで、7-14毎など周期的に起こります。頭を冷やすと改善します。 ○ 精神 心配性、不安症;非常に落ち着きがありません。特に健康について心配し、癌や死を恐れます。そのくせ自分で自分を傷つける妄想や自殺の妄想などを描くことがあります。 パニック;特に午前1-2時に起こります。一人でいることが出来ません。 うつ状態;慢性の消耗性疾患により、悲観的になっています。 拒食症 不眠症;特に午前12-1時頃に起きてしまいます。睡眠中も落ち着きがありません。 ○一般、その他 衰弱、体重減少、削痩;長引く病状によります。 慢性感染症 Psoric reactive modes;喘息、湿疹など。 眼の炎症;眼が焼けるように痛みます。眼の周囲は腫れます。熱く刺激性の涙が出ます。 眼瞼は、赤く潰瘍化し、痂皮ができることがあります。光線過敏症になっています。 白血病;特に若齢のケース。 好転する要因は、仲間が傍にいること、温めること、暑さ、温かい飲食物、温湿布、運動、歩き回ること、頭を高くして寝ること、発汗、背中をまっすぐにして座ることなどです。 悪化する要因は、湿った気候、海の近く、寒さ、冷気、冷たい飲食物、右側、野菜や水っぽい果物、古い肉、午後11時から午前2時などです。 周期性; Arsenicum albumには、周期性もあります。 一日の内に症状が変わる;楽天的から悲観的、活動的から疲労衰弱感などが交互に来ます。 定期的に症状が発現します。毎日同じ時間、2−3日おき、7日毎、14日毎、毎年など。 体の内部の症状と皮膚症状が交互に発現することがあります。 |
(参考) 微量の砒素検出法は、はイギリスの化学者ジェームズ・マーシュによって考案された方法で、マーシュ・テストと呼ばれています。この方法によって、微量のヒ素を、簡易に検出することが出きるようになりました。マーシュ・テストでは、最初に亜硫酸と亜鉛の反応で水素を発生させ、検体と混ぜ合わせます。検体中に砒素が存在すれば、発生した水素と反応して砒化水素AsH3に変化します。砒化水素は発生する水素の気流にのってガラス管に送られ、加熱され分解し、黒色砒素がガラス管に付着しますので、砒素の存在を確認することが出来ます。 (参考)森永砒素ミルク事件 1955年に、森永乳業徳島工場製品の粉ミルクを飲んだ乳児に突然、発熱・嘔吐・下痢・皮膚の色素沈着などを生じ、死者138名、被害者1万人を越える事件が発生しました。 原因は、ミルクの安定剤として添加したものの中に、誤って砒素を含む産業廃棄物が混入していたために発生しました。徳島工場では、粗悪原料と知りながら分析試験することなく使用していました。 (参考)ナポレオンの砒素中毒 1961年10月号の科学雑誌「ネイチャー」によると、セントへレナ島に流されたナポレオンにずっと付き添っていた従僕のマルシャンの回顧録を読んだスウェーデンの歯科医師の疑問が発端となって遺体の髪の毛が分析された。通常の13倍もの砒素が検出されました。ここで少しずつヒ素を盛られて殺されたという暗殺説や自室に貼られた壁紙から気化したヒ素を吹い、それが体内に蓄積されて死に至ったという説があります。またこの分析に使用した髪の毛がナポレオン本人のものであるかという点でも論議になりました。 当時壁紙の塗料としてシェーレグリーンが使われていたと言われています。シェーレグリーンというのはスウェーデンのシェーレが初めて合成した、酢酸銅と亜砒酸銅との複塩で鮮やかな緑色をしいますがここには砒素が含まれています。この壁紙に含有されている砒素を分解するカビやバクテリアがあり、有毒なガスである砒化水素を生成すると言われています。 |
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